2013年03月19日

20数年前の初中国上陸〜<長文>

私の初中国上陸はもう20数年前になります。。

今のように簡単に観光にいけるという状態ではなく
中国から招聘状をもらいビザを申請して入国が可能となる。
社会勉強だという事で某企業の団体に同行させて頂き
一応「歴史の旅」という名目だった事は覚えています。

その時の日程はというと(もう若干忘れているが)
日本から北京空港(現在の旧北京空港)へ降り立ち
その後、長春へのフライト。
長春からは列車とバスでの移動をしながら「通化」という街へ。
そして大連へ向かい、大連空港から日本へ帰国。

まずは成田を出発する時にトラブル発生!!
中国国際航空だったのですが、ダブルブッキングで搭乗できない!!
この辺は大手企業と取引している旅行代理店が手配したのか?
突然ファーストクラスに変更となり、初のファースト体験!
機内食でフォアグラがでてきました。
これ以降ファーストに乗る機会は無し・・・



北京空港に到着し、イミグレを通過するにあたり
パスポートへのスタンプが押されなかった。。
そして、外へ出ると自転車だらけ!!!
馬車も走っていたが、まだ車社会になっていなかったので
第一のカルチャーショックを受けました。

通訳についてくれた人は北京大学を卒業したばかりという
まさに共産党員で、今思えば監視員だったのでしょうね。

バスに乗り走りだしてまもなく停止。
ドライバーも降りてしまう。
ウインカーを出さなかったから罰金だとかで揉めてたらしいです。

そんなバタバタがありながらも、北京のANAホテル到着。
さすがは5星の日系ホテル。これから先が過酷?な
旅だという事を知らず、ホテルで一安心しておりました。

翌日、長春へのフライト。搭乗まではあまり記憶がないから
きっと順調だったのだろうと。

が、

飛び立って間もなく着陸。。いくら地理をあまり知らなくても
これはおかしい!?窓の外を見るとMIG戦闘機がいる!!
軍用空港だったようです。後で教えてもらったら
この時はガス欠の為に急遽着陸したとの事。。

こんな対応があるのか!?と第二のカルチャーショック。

長春到着から先は大した記憶はありません。
道路で丸太を切っていてバスが通れないとか
バスの燃料確認に木の枝を折ってタンク残量見たりとか
さほど驚く事がなかったと。。

第三のカルチャーショックは列車に乗った時です。
一等軟座という列車のファーストクラスですが
待合室から別室になっており、まるで飛行機のように
優先搭乗がありました。
そして乗車すると同じ旅の皆さんから
「早くトイレ済ませておきな!!」と。。
全く意味が分からずにいましたが、それは数時間後に
鮮烈な記憶になりました。
汚い表現ですが、足の踏み場が無いという状況です。

そしていよいよ田舎町へ。。。
外国人が兌換券ではなく人民元を扱えるようになっていたので
中国銀行にて両替を行おうと1人1万円(計10万円)を出したら
窓口の人からこの支店にはそんなにお金が無いと断られました。
第四のカルチャーショックです。現地物価というものを
私は殆ど知らなかったので尚更ですね。

どこか市場とかに立ち寄った気がするのですが。。
とにかく宿泊先へ。。
3星と聞いていたのですが、それは今でいう招待所??
部屋に鍵はなく、廊下にいる係りの人が鍵の開け閉めをするという
ホテルと呼ぶには程遠い?システム。
そして、お湯が出る時間が決まっており、それ以外の時間は
ボイラー係りの人がいないので出ませんと。
急いで浴槽にお湯をいれるのですが、栓が閉まらない。
ところが旅慣れた皆さんはさすが!ゴルフボールを準備されており
風呂の栓にピッタリ!

ところが、これで安心ではありません。
お湯が溜まりはじめたら何やら茶色い・・・
暫くすると砂も混じってる??
まぁ半分はヤケクソですが、風呂に入りましたが
なんとも・・・です。

そして、食事は肉が少なくどこへいっても野菜ばかり。
塩が多めでちょっとショッパイ。。
このあたりで、北京のANAホテルの良さを思い出していたはずです。

余談ですが、ホテルのトイレには個室のドアが無く
入ったら中にいる人と目が合うという気まずさも
当時体験しました。。

この旅の目的の一つである「好太王碑」を見にいきました。
付近には陵墓と見られる将軍塚・大王陵がある場所です。
今と違い石碑を硝子で覆ったりせずそのままでした。
この石碑のミニチュア版をお土産として販売していましたが
旅のメンバーが皆購入しようとしたら在庫がない。
ホテルまで届けるからと凄いサービス精神旺盛だと感じてましたが
今思えば・・
高値でも買う外国人がきたので、このチャンスを逃すものか!
と、いったところだったのでしょうね。。

後はあまり記憶が無く大連へ。
ちょっと北朝鮮との鉄道で結ぶ橋を渡った記憶もありますが。。

大連では回転展望レストランという事で期待もあったのですが
海鮮料理だと聞きテンションダウン・・・あまり好みではないので。
しかも、妙に臭いがあり箸も進まず。。。
でも海鮮好きには分からないこの臭いですが
結果として良かったのか、皆さんお腹に大当たりだったようです。

大連空港を出発し、成田に到着。
そのままトイレに入った途端にでた言葉

「このトイレで1泊してもいいな」

と、いう位に日本の清潔感を感じたのですね。

この時から中国へ再度行くまで10数年。
2002年に業務の都合で行く事になったのが経済特区の深セン市。

それでも初めて行く深センへの旅行準備にトイレットペーパーや
各種の「ふりかけ」を準備していました。

ところが、到着してみれば私の中の中国とは別世界!
高層ビル、マンション、車は渋滞だらけ・・
携帯電話、パソコン、インターネット環境etc
日本よりもある部分では進んでいるのでは!?と
まさに目を疑うような環境です。

とはいえ実際に駐在してみれば何も変わっていない面も
多々見えてくるのですがね。。

蛇足ながら、何の縁だか私の結婚登記の場所が「長春」。
すでに昔のイメージとは全く違う都市になってました。。
 
 
posted by よろずや at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国
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